『奇跡のナス』 〜佐土原ナス〜

『奇跡のナス』 〜佐土原ナス〜

それまで茄子は嫌いだった。
不気味な深紫色、味気はないがえぐみはある味覚、すかすかした歯応えなき食感。こんな野菜が食卓にならぶこと自体不思議だった。茄子に罪はないのだが、子供時代の食わず嫌いは根が深い。おとなになっても茄子からは箸が遠のいたままだった。

ある日、宮崎市農業振興課から連絡があった。宮崎初のブランド野菜事業に着手するので、アートディレクターとして手をかしてくれないか?という相談だった。

ブランド野菜とは「京野菜」「湘南野菜」など、その地域独自の生産方法や特徴的な味などの付加価値を持つ野菜のことをいう。地域ブランドを確立して農業や地域の活性化を図るための戦略として、いろんな自治体が農産物のブランド化に積極的に取り組んでいた。価値づけすることで、同種の野菜より少し高く売れたりする。

宮崎は豊かな風土に恵まれて農産物は豊富なのだが、目玉となる野菜がなかった。検討を重ねようやくブランド野菜第一弾を決定したという。よりによって茄子だった。

デザインに着手するうえで大切なのは、まずその対象を好きになることだ。企業であれば想いに耳を傾け、共感できるポイントを見出す。商品なら手に取り、使ったり食べたりして自信をもってアピールできる足がかりを探す。作り手の好きの度合いがそのまま表現にあらわれることもある。それなのに茄子だった。

茄子嫌いであることは開口一番伝えたが、情熱的な農業振興課の担当者は知人でもあり、生来の好奇心気質も手伝って引き受けることにした。しかし、野菜のブランディングなどやったことがない。何をすればいいのか皆目見当がつかなかった。

とにかく一度食べてくれとその茄子が送られてきた。おおぶりの赤茄子でカタチも美しい。袋に焼き茄子がオススメと書いてある。フライパンで焼き、かつお節、小ねぎをパラパラとふりかけ、生姜醤油にひたして一口食べてみた。

茄子感が変わった。。旨すぎる。
口の中でとろけるジューシーな食感、ふわっと広がるフルーティー甘さ、それは自分のイメージしていた茄子とはまったく違う別の食べものだった。長年の偏見を一口で解き放った宮崎の伝統野菜。それが佐土原ナスだった

 

佐土原ナスは、江戸時代から宮崎市佐土原町付近で栽培されていた路地野菜。口の中でとろける甘く柔らかい食感で、宮崎を中心に広い地域で親しまれてきた。しかし戦後から続いてきた生産効率・見栄え重視の市場に淘汰され、1980年初頭には食卓から姿を消していた。

人々の記憶から忘れ去られた佐土原ナスだったが、その種子を保管していた宮崎県農業試験場が20年ぶりに種まきを実施。多くの不発芽のなか4粒の発芽に奇跡的に成功し、そこから育てた35株の小さな苗の栽培を、宮崎市内の生産者に託した。

苗を譲り受けた生産者は、試行錯誤を繰り返しながらようやく少量を出荷。その懐かしさと口の中でとろけるおいしさに、問い合わせが殺到したらしい。

「このおいしい宮崎伝統野菜をもっと多くの人に届けたい」。反響の大きさを受け、使命感を共有する生産者が集い「宮崎市佐土原ナス研究会」を発足。栽培技術の向上や啓蒙活動などに取り組んでいるという。

その活動を行政として支援し、宮崎初のブランド野菜としてデビューさせたい。ついてはデザインの側面からそれを後押ししてほしい。それが相談の内容だった。

数週間後、プレゼンするために指定された佐土原町公民館に向かった。佐土原ナス研究会には、宮崎出身のアートディレクターが関わると伝えてある。だが「アートディレクター?何それ?」という反応だったらしい。

当然である。もともと説明するのが難しい職種なのだ。日頃、農産物栽培に勤しんでいる農家の方々からしてみたら、謎のカタカタ職業に身構える気持ちも理解できる。道に迷い遅刻してしまったこともあり、少し緊張しながら会場の扉をあけた。

畳敷きの座敷に10名ほどの生産者が鎮座されていた。一同ジロリとこちらに一瞥をくれる。このシチュエーションは覚えがあった。西部劇のよそ者主人公が酒場のスイングドアを開いて中に入る。酔客の目線を一斉に浴び下から上まで品定めされる。まさしくあれだ。全身に視線を感じる緊張感のなか、考えてきたプランを提案した。

魅力あるブランド野菜に育てるためには大切なことがある。「ストーリー」「目印」「売り場のコミュニケーション」、努めてわかりやすく説明していく。みなさん真剣に聞き入っている。そして佐土原ナスの価値を伝えるキャッチフレーズを差し出した。

「たった4粒の種からよみがえった、奇跡のナス」

場が一気に和んだ。
続けざまにニュースリリース、ロゴ、パッケージ、POP、研究会の名刺などを提案し、最後にメッセージを付け加えた。

ブランドとは発信する側にあるのではなく、受け取る側に芽生える商品への思いです。丁寧に作り、語り続けることでようやく手に入れることができる信頼関係でもあります。ここにご提案した数々のアイテムは解決策ではありません。魅力あるブランド野菜に育てていくための初めの一歩にしかすぎないのです。一番たいせつなもの、それは品質です。これからもより美味しい”奇跡のナス”の栽培、啓蒙にチカラをそそぎ、宮崎を代表する伝統野菜として育てていただきたいと思います。

現在、佐土原ナスはその味が評判となり、食材にこだわる有名レストランやスーパー、そして居酒屋チェーン「塚田農場」などをつうじて全国に広がっている。佐土原ナス研究会はメンバーも増え、栽培技術の研究や普及活動に積極的に取り組んでいる。

ほとんどボランティアに近い仕事だったが、やってよかった。なぜなら毎年の夏、ダンボールいっぱいの佐土原ナスが研究会から送られてくるからだ。ひなたの恵みをみんなにおすそ分けし、トロトロの焼きナスを食す。茄子は今や一番好きな野菜となった。

ロゴデザインは、伝統と奇跡のナスを守る決意をコンセプトにした。
人べんにナスの文字が寄り添う意匠は、丹精込めて作っている姿勢を表し、
会話のきっかけ、セールストークにつなげる意図がある。

宮崎市佐土原ナス研究会の皆さん。

大好きな写真。  Photographs by Mikio Hasui

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D/Shun Sasaki