はるか遠い昔・・。
15歳の夏、ある雑誌の創刊号を手に入れるため本屋に駆け込んだ。『STARLOG』はアメリカで創刊された月刊SF専門雑誌で、映画『スター・ウォーズ』について最初に報じた出版物のひとつであり、その日本語版がついに発売されたのだ。
1977年全米で公開された『スター・ウォーズ』は、(語るまでもないが)その後あらゆるジャンルに多大な影響を与え、SF映画の作り方さえ変えてしまった金字塔的作品で、日本ではまだ未公開であったにもかかわらず、噂が噂を呼び、映画好きやSF愛好家という垣根を越え、もはや社会現象にすらなっていた超話題作だった。あれほど公開を待ち焦がれた映画はそれまでなかったし、これからもきっとないだろう。
そんなスター・ウォーズの情報が満載の雑誌が創刊されるらしい。買うしかない。インターネットが無い時代の映画少年にとって、その内容は血湧き肉踊るもので、ボロボロになるまで何度も何度も読み返し、遥か銀河の彼方にまで想いを馳せた。ルーク・スカイウォーカー、ヨーダ、ハン・ソロ、チューバッカ、R2-D2、C-3PO・・なんと魅惑的なキャラクターの数々。そして自分史上最大級の(アンチ)ヒーローがその表紙で圧倒的な存在感をもって睨みをきかせていた。
「ダース・ベイダーを提案しようと思う」CDが突然切り出した。グッドイヤーの、新年度ブランドプロモーション打ち合わせ席上でのことだった。同社は100年以上の歴史があるアメリカの世界最大級タイヤメーカーのひとつで、1971年「ムーンタイヤ」を開発。アポロ14号で人類史上初めてタイヤの足跡を月面に残し、現在もNASAと次世代月面探索車のタイヤを共同開発するなど、「宇宙発想」のスケールでタイヤテクノロジーを追求する先端企業でもあった。
そのブランドイメージと、全身テクノロジーの塊であるダース・ベイダーは親和性がある。アメリカ発のキャラクターで、今なお絶大な人気を博す世界的カリスマは、新しいグッドイヤーの象徴としてふさわしい。ダークサイドに魅了されたけど実はいい奴。何より両方とも黒い。
理屈はどうあれ反論するはずがない。会えるかもしれないのだ。CD本人に伝えてはいないが「素晴らしい!」と心の中で叫んでいた。
ミーティングルームの扉をあけるとダース・ベイダーが立っていた。この時ほど、この仕事をやっていて良かったと思った事はない。胸の奥からこみ上げてくる情感を必死で押さえながら、少し離れて謁見した。これまで仕事を通じて、有名なタレントや偉大なアスリートなど多くの著名人に接してきたが、ここまで気持ちが昂ったことはなかった。
当然”中の人”はいるわけだが、そんなことはどうでもいい。ディズニーランドでミッキーマウスの中の人を気にするファンなどいない。目の前にいるのはかぶり物ではなく”本物”なのだ。本物がいきなりボイスチェンジャーを用いて有名な台詞をしゃべってくれた。「 No. I am your father.」感動するしかない。
撮影の現場では畏敬の念をこめて「ベイダー卿」と呼んだ。スタジオ入りの際はもちろん「ダース・ベイダーのテーマ」と共に登場願う。フォトグラファーには、これまで撮られたベイダー卿のすべての写真を凌駕する世界最高のポートレートを撮ってくれとお願いした。
今年の冬、新しいスター・ウォーズがやってくる。スクリーンが暗転しあのオープニングが映し出される。そしてタイトルインと同時にファンファーレが鳴り響いた瞬間、僕はあの頃の自分に還る。
A long time ago in a galaxy far,
far away…