近所の下北沢を歩いていると、いたるところにスプレーで描かれた文字らしきものを目にする。「タグ」と呼ばれる描いた本人やグループのサインみたいなものだ。ほとんどがイケてない落書きなのだが、たまに「おっ!」というモノに遭遇することもある。シャッターをキャンバスにされた店主はたまったものではないと思うが。
ただの落書きが「グラフィティ」という表現に昇華したのは、1970年代初頭から、ニューヨークの地下鉄に描かれはじめたタギング(タグを描く行為)が起点とされている。サウスブロンクスのアフリカ系やヒスパニック系の若者が、自らの存在やアイデンティティを主張する手段として始まり、やがてキース・ヘリングやジャン=ミッシェル・バスキアなどのアーティストを生むことになる。
アメリカから世界中に飛び火したグラフィティムーブメントは、「タギング」「スプレーアート」「グラフィティ」など路上で行われる芸術表現の総称として、「ストリートアート」と呼ばれるようになった。
1990年代に入り、一部の若者や先見性のある美術関係者にしか支持されていなかったアンダーグラウンドなこの分野に、革命を起こすアーティストがイギリス・ブリストルに登場する。
バンクシーは、現在世界で一番有名なアーティストと言っていいだろう。新作が発表されるたびに世界中のメディアで報道され大騒ぎになる。みんな知っているのに、正体不明の覆面アーティストであり、社会風刺や痛烈な批判精神を皮肉とユーモアを交えて神出鬼没にスプレーする。そのスタイルと作風で、アートシーンどころか今や時代のアイコンとして認知されている。
バンクシーの世界的な人気は、ストリートアートというジャンルがアートシーンで台頭するきっかけとなり、アートの評価軸に転換をもたらした。明らかに時代は「バンクシー以前・以後」に別れたと思う。
彼の存在無くして、日本でストリートアートをテーマとした展覧会など開かれることはなかっただろう。
BANKSY Girl with Balloon, 2004
BANKSY Love is in the Air, 2003
『Banksy & Street Artists 展』という展覧会を開催することになった、ついては図録のデザインをお願いしたい。国際美術展の企画・運営会社から依頼を受けた。イタリアのキュレーター、パトリツィア・カッタネオ・モレシ女史が企画した本展は、バンクシー以前以後の作品を集めた、日本初の大規模なストリートアート展になるという。
表紙には、バンクシーの「Girl with Balloon」もしくは「Love is in the Air」を使用するように、とイタリア側より指定されていた。両作ともにバンクシーが有名になるきっかけとなった代表作であり、幅広い観覧者にアピールするのに、わかりやすい作品を使うのはあたりまえの判断だろう。しかし、それは違うような気がしていた。
バンクシー作品の特徴は、あらかじめ切り抜いた台紙を用意し、それにスプレーする「ステンシル」という技法を使っていることだ。これなら“違法行為“である落書きを短時間で完成させられる。つまり、警察に捕まるリスクを減らせることになる。
そんな作家の図録表紙に、皆んなが好きな「Girl with Balloon」のようなポピュラリティのある作品は似つかわしくないと思っていた。「Love is in the Air」も好きな作品だが、あらゆるバンクシー本の表紙を飾っており既視感がありすぎる。
もっとラジカルで彼の原点に迫るメッセージ性を持った作品を使いたい。結果表紙案としてセレクトしたのは『Laugh now』だった。このサルの絵は2002年に英国ブライトンのナイトクラブに依頼され制作された壁画で、「今は笑うがいい、しかしいつかオレたちの出番がくる」というメッセージが、まさにこの展覧会にふさわしいと考えた。主旨に理解を示し、イタリアサイドはこの提案を受け入れてくれた。
ちなみにこの『Laugh now』の壁画は、ナイトクラブ解体後オークションに出品され、約8,000万円で売却されたらしい。
BANKSY Laugh Now, 2003
タイトルロゴのB&SAはステンシルで作成した。裏表紙はTVBoyの「Vincent’s Selfie」を使用、両面表紙構成とした。
「Banksy & Street Artists 展」から2年後の今年、愛媛県美術館を皮切りに、全国巡回する展覧会『Street Art (R)Evolution 展』を開催することになった。新たに日本人アーティストを招聘するなど、前回よりも展示内容を拡充した展覧会となるという。
再び、図録デザインの依頼を受けた。表紙はバンクシーの代表作のひとつ「Gangsta Rat」をからめ、グラフィティライクな表紙デザインを目指した。
裏表紙にはラットシリーズの「Because I’m Worthless(俺には価値がないので)」を選んだ。「路上の芸術テロリスト」とも称されるバンクシーが“展覧会“という様式に対して放つとすれば、こんな言葉かもと思ったからだ。
世間の評価など我関せず、バンクシーは今日もどこかで次の表現を企んでいるんだろう。
来年、2025年1月22日より渋谷ストリームホールにて、バンクシーをはじめ、100点を超えるストリートアートが集結する、『Street Art (R)Evolution ~ストリートアートの進化と革命 展~』が巡回開催されます。ぜひ、ストリートアートの現在を体感してください。
告知ポスターにはバンクシーの「Flying Copper」をリピート使用した。
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